東京高等裁判所 平成7年(行コ)175号 判決 1996年9月25日
主文
一 本件控訴をいずれも棄却する。
二 控訴費用は控訴人らの負担とする。
事実
第一 当事者の求めた裁判
一 控訴人ら
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人東京都知事が千代田生命保険相互会社に対し原判決別紙物件目録記載の建築物について平成四年七月七日付けでした建築基準法五九条の二第一項の許可及び東京都市計画高度地区(東京都渋谷区決定・平成元年東京都渋谷区告示第六一号)に基づく許可をいずれも取り消す。
3 被控訴人東京都建築主事が千代田生命保険相互会社に対し原判決別紙物件目録記載の建築物について平成五年五月一七日付けでした建築確認を取り消す。
4 訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人らの負担とする。
二 被控訴人ら
主文同旨
第二 当事者の主張
当事者の主張は、次のとおり当審における被控訴人らの主張を付加するほかは、原判決の事実摘示中の「第二 当事者の主張」に記載のとおりであるから、これを引用する。
〔当審における被控訴人らの主張〕
本件建築物の躯体構造部分は、平成八年五月初旬をもって完了し、これを覆う屋根の部分の工事は、同年六月初旬、既に完了し、かつ、躯体構造部分に壁体を付け、外周回りの主要な建具等を建て込む工事も既に完了しており、現在、本件建築物の内部の造作工事(耐火被覆、天井設置、天井壁仕上げ)を行っているものであるところ、右工事も、同年八月末をもって完了する予定であり、その後の工事は、同年一二月中旬までの間に最終仕上げ、クリーニングを行うだけのものである。したがって、本件建築物は、建築物としての実体を備え、ほぼ完成しているというべきである。このような状態にある本件建築物を取り壊して建築前の状態に回復することは、原状回復の規模・態様、原状回復によって予測される社会的・経済的損失、原状回復のための工事が控訴人らを含む付近住民に及ぼす新たな物理的・精神的影響を考慮すると、社会通念に照らし、法律上不可能であるといわざるを得ない。そうすると、控訴人らにおいて、本件各許可及び本件確認の取消しを求める法律上の利益はないものというべきである。
第三 証拠(省略)
理由
一 当裁判所も、控訴人山内季子及び同山口行治の被控訴人らに対する訴えは不適法であり、控訴人山内季子及び同山口行治を除くその余の控訴人らの被控訴人東京都知事に対して本件総合設計許可の取消しを求める訴えは不適法であり、控訴人山内季子及び同山口行治を除くその余の控訴人らの被控訴人東京都知事に対して本件都市計画許可の取消しを求める請求及び被控訴人に対して本件確認の取消しを求める請求はいずれも理由がないものと判断する。その理由は、次のとおり、当審における被控訴人らの新たな主張についての判断を付加し、さらに原判決の理由を敷衍するほかは、原判決の理由説示のとおりであるから、これを引用する。ただし、次のとおり訂正する。
1 原判決の訂正
(一) 原判決三九頁一一行目の「人格的利益と」を「人格的利益を」に改める。
(二) 原判決六七頁一一行目の「本件許可」を「本件各許可」に改める。
2 当審における被控訴人らの新たな主張について
被控訴人らは、本件建築物がほぼ完成しており、その原状回復が社会通念に照らし法律上不可能であるから、控訴人らにおいて、本件各許可及び確認の取消しを求める法律上の利益がない旨主張する。
しかし、行政処分取消訴訟における訴えの利益の有無は、取消訴訟の訴訟目的からみて、現時点で取消訴訟について本案判決をすることが法的に意味のあることか否かにより、判断せられるべき問題であるから、単に社会的・経済的損失の観点から原状回復が社会通念上困難であるからといって、直ちに行政処分の取消しを求める法律上の利益が失われたことにはならないものというべきである。そこで、検討するに、本件各許可は、前記認定のとおり、本件建築物について、容積率制限及び南側隣地に係る隣地斜線制限を緩和して、第三種高度斜線制限を適用しないこととし、建築物の最高の高さを一一〇・二五メートルとした上、その容積率を四三七・五五パーセントとすることを許可するものであり、本件確認は、本件各許可が有効であることを前提にして、本件建築物が建築関係法規に適合していることを確認するものであるところ、仮に、本件建築物が建築物としての実体を備え、ほぼ完成していて、その原状回復は社会通念上不可能であるとしても、本件各許可及び確認が取り消された場合には、特定行政庁は、法九条一項によって、本件建築物を違反建築物として、建築主等に対して、本件建築工事の施行の停止や本件建築物の除却等の必要な措置をとることを命ずることができるのであるから、このことによっては、いまだ訴証人らが本件各許可及び確認の取消しを求める法律上の利益は失われていないと解するのが相当である。したがって、被控訴人らの右主張は、採用することができない。
3 さらに理由を次のとおり敷衍する。
(一) 許可要綱の問題点について
(1) 控訴人らは、許可要綱には、建築物の高さの限度についての規制がないから、後退距離さえとれば、無限に高い建築物を建築することができる旨主張する。
確かに、乙第九号証(許可要綱)によれば、許可要綱は、建築物の高さの限度を定めていないことが認められるが、容積率については、容積率制限の緩和の限度が定められているから、容積率の限度内でしか建築物が建築できないことになり、結果として、控訴人らの主張するごとく無制限に高い建築物を建築することは不可能となることは明らかである。したがって、許可要綱の下では、無制限に高い建築物を建築することができるとする控訴人らの主張は、採用することができない。
(2) 控訴人らは、法律に根拠を置かない許可要綱とその解説部分に基づいて、総合設計許可のみならず高度斜線適用除外許可の判断基準として許可要綱を用いて建築の自由を制限することは、憲法に違反する旨主張する。
しかし、法五九条の二によれば、特定行政庁である被控訴人知事は、総合設計許可の権限を有するところ、許可要綱は、右権限に基づいて被控訴人知事が定めたものであることは明らかであるから、法律に根拠を有するものというべきである。また、前記認定のとおり、高度斜線適用除外許可と総合設計許可は、極めて密接な関係を有するものであるから、被控訴人知事において、総合設計許可のみならず高度斜線適用除外許可の判断基準として、許可要綱を用いることは何ら違法なものではないというべきである。
(二) 原判決の事実認定と判断について
(1) 控訴人らは、本件敷地はJR山手線恵比寿駅や営団地下鉄広尾駅から直接距離にして約五〇〇メートル離れているにもかかわらず、原判決はこれを誤って約三〇〇メートルと認定している旨主張する。
確かに、甲第二二号証によれば、本件敷地がJR山手線恵比寿駅や営団地下鉄広尾駅から直線距離にして約五〇〇メートル離れていることが窺われるが、本件敷地が都心の官庁街やビジネス街との交通の便利なまとまった土地であることは否定できないから、仮に、右距離についての原審の事実認定に誤りがあるとしても、本件都市計画許可の適合性についての判断に影響を与えるものではないというべきである。
(2) 訴証人らは、渋谷区は本件建築物の建築について市街地の環境の整備改善に支障がないとの立場に立っていたとする原判決の認定は誤りである旨主張する。
原審における証人佐藤淳一の証言によれば、被控訴人知事は、本件各許可をする際、渋谷区の都市利用計画との整合性について、渋谷区の意見を聞いたところ、本件建築物の建築は支障がない旨の渋谷区の回答を得たので、右渋谷区の回答をも総合考慮して本件各許可をしたことが認められるから、原判決の認定に誤りはなく、控訴人らの右主張は、採用することができない。
(3) 控訴人らは、本件建築物が完成しても通勤や買物をする歩行者の通行が著しく困難になるような事態が発生することを予測させる具体的資料は存在しないとした原判決の判断は誤っている旨主張する。
しかし、乙第一九号証及び原審における証人佐藤淳一の証言によれば、本件建築物建築後における渋谷橋交差点の歩道橋と本件敷地の西側の駒沢通りの歩道の交通量は、右歩道橋のサービス水準が、通勤歩行又は買物歩行のいずれの水準においても、一部の時間帯においてBランク(やや混み合っている)とされているが、他の時間帯においては、歩行者数が一番少ないAランクとされていることが認められ、他方、右歩道の交通量は、通勤歩行又は買物歩行のいずれのサービス水準においても、全て右Aランクとされていることが認められるのであるから、控訴人ら指摘の点に関する原判決の判断には誤りがあるということはできない。
なお、この点に関し、控訴人らは、本件建築物周辺の歩行者の交通量の調査について、B経路(恵比寿駅西口―駒沢通り―渋谷橋歩道橋〔B歩道橋〕―本件建築物事務所棟表口)とC経路(恵比寿駅東口―明治通り横断歩道〔C横断歩道〕―本件建築物事務所棟裏口)の選択率を七対三にして算定すべきであるとし、控訴人ら主張の歩行者交通量(原審平成五年行ウ第二三号事件控訴人ら平成五年四月一二日付け準備書面添付資料9)が正しい旨主張する。しかし、右添付資料によれば、午前八時から同九時までと午後零時から午後一時までの間について、B歩道橋の現況交通量と将来交通量とを比較すると、現況交通量では、ほぼ等しいのにもかかわらず、将来交通量では、午後零時から午後一時までの交通量が午前八時から同九時までの交通量の約二・六倍にもなっており、前記認定の本件建築物の構造、設備、用途等に照らすと、将来交通量の算出の過程に不自然の感があることは否定し難く、控訴人らの右主張を直ちに採用することはできない。
(4) その他、控訴人らは、本件都市計画許可及び確認に違法事由があると縷々主張するが、証拠上右主張を認めるに足りないか、又は本件都市計画許可及び確認の適法性の判断を覆すに足りる主張とはなり得ないというほかない。
二 以上によれば、控訴人山内季子及び同山口行治の本件訴えを却下し、その余の控訴人らの本件総合設計許可の取消しを求める訴えを却下し、本件都市計画許可及び本件確認の各取消しを求める請求をいずれも棄却した原判決は相当であり、本件控訴はいずれも理由がないからこれを棄却し、控訴費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法九五条、八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。
(編注)第1審判決及び第2審判決は縦書きであるが、編集の都合上横書きにした。